厚生労働省科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「ゲノム情報を活用した遺伝性乳癌卵巣癌診療の標準化と先制医療実装にむけたエビデンス構築に関する研究」班

病気の紹介

 私たちはがんを含めてさまざまな病気に直面しますが、その原因は大きく遺伝要因(生まれつき持っている体質)、環境要因(生活習慣や有害物質への曝露など)、時間要因(加齢現象)の3つに分けることができます。がんの発生にもこれら3要素がかかわりますが、その中でも遺伝要因の関与が強いものが遺伝性腫瘍です。

 乳がんや卵巣がんを発生させる遺伝性腫瘍はいくつか知られていますが、そのうち最も頻度が高いのが遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)です。

HBOCに伴うがんの特徴

HBOCでは以下のようながんが起きやすくなります。

がんの種類 一般集団 BRCA1変異陽性 BRCA2変異陽性
乳がん(女性) 9% 46~87% 38~84%
乳がん(男性) まれ 1.2% 最大8.9%
卵巣がん(女性) 1% 39~63% 16.5~27%
前立腺がん(男性) 9% 65歳までに8.9% 20%
膵がん 2% 1~3% 2~7%
注:一般集団のがん頻度は、国立がん研究センターがん情報サービスを引用しています。
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
BRCA1/2変異陽性者のがん頻度はGeneReviewsの当該項目から引用しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1247/)このデータは海外での研究によるもので、日本人にそのまま当てはまらない可能性があります。

 

HBOCにともなうがんには以下のような特徴があります。

HBOCの原因

 人の遺伝子は血液型の遺伝子、性別を決める遺伝子、身長にかかわる遺伝子、など全部数えていくと2万種類あまりあることが知られており、すべての遺伝子にはアルファベットと数字からなる名前がつけられています。HBOCにはBRCA1BRCA2というふたつの遺伝子が関与しています。遺伝子を詳しく調べてみると、細かい部分で個人差がたくさん存在していますが、こうした個人差のうちの一部は遺伝子の働きに影響を与え(このような遺伝子の変化は「病的バリアント」、「変異」などとよばれます)、結果としてその方にHBOCに伴うがんが起こりやすくなります。

 BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子は、細胞内にある遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)の安定性を保ち、細胞分裂が正常に進み、細胞を健全な状態に維持するために重要な役割を担っています。

 BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に変異を持っている人は、おおよそ200人にひとり程度いると予想されています。

遺伝子を調べること

 HBOCはBRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に変異を生じることが原因とされていますので、診断を確定するためには遺伝子を調べる必要があります。その方が生まれつき持っている遺伝子を調べる検査を「遺伝学的検査」とよびます。HBOCの遺伝学的検査は、HBOCの可能性があると考えられる患者さんに対して提案されます。検査は採血を行い、血液中の白血球の中にある遺伝子を調べます。乳腺や卵巣の組織を使う必要はありません。検査は保険適用ではないため自費になります。費用は各医療機関におたずねください。

 検査によって遺伝子変異が見つかり、HBOCと診断された場合には、治療法や定期検査について非遺伝性のがんとは異なる方法が主治医から提案されるかもしれません。

治療法について

 HBOCに伴うがんに対しては、遺伝性でないがんとは異なる治療法が検討される場合があります。特に乳がんの場合、温存手術か全摘術か、手術後の放射線治療は行うのか行わないのか、化学療法は行うのか行わないのか、行うとすればどのような薬剤を使うのか、などについて主治医とよく相談のうえ、治療方針を決める必要があります。

定期検査について

 HBOCと診断された場合は、新たに発生する可能性があるがんを早期に発見するための定期検査が勧められます。

乳がん

MRI、マンモグラフィ、乳房超音波検査を用いた定期的な画像検査が勧められます。推奨される検査法は年齢によっても異なり、またすべての医療機関で検査を実施できるわけではありません。詳しいことは主治医にご相談ください。また、次に述べる「リスク低減手術」を検討することもあります。

卵巣がん

定期検査の方法としては、経腟超音波検査や腫瘍マーカー(CA125)の測定がありますが、こうした検査の有用性は証明されていません。このため、卵巣がんに対する最も効果が確実な対応法は、次に述べる「リスク低減手術」になります。

前立腺がん

一般の方よりも早い年齢で定期検査を開始することが推奨されます(BRCA2遺伝子に変異がある場合)。

膵がん

有用性が明らかな定期検査法はありませんが、ご本人の希望や家族歴をもとに個別に検討します。

リスク低減手術について

 BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に病的バリアントが認められた人では、高い確率で乳がんや卵巣がんが起きるので、がんができるまでにこれらの臓器を手術で取り除いてがんのリスクを低くする方法があります。こうした手術を「リスク低減手術」とよんでいます。リスク低減手術は自費診療になります。国内でリスク低減手術を行える施設はまだ多くはありませんが、「日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)」で認定された基幹施設はすべて対応が可能です。リスク低減手術の詳細についてはそれぞれの医療機関でおたずねください。

遺伝のこと

 私たちは両親から遺伝子を受け継いで生まれてきます。私たちはほとんどの遺伝子を2コピー持っていて、それは両親から1コピーずつ受けついでいます。したがって私たちはみな、BRCA1遺伝子を2コピー、BRCA2遺伝子を2コピー持っていることになります。私たちが親として(精子や卵子を通じて)子どもに遺伝子を伝える場合、それぞれの遺伝子の2コピーのうちの1つだけを子どもに伝えます。

 家族のうちでどなたかが遺伝学的検査によってBRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に変異が見つかり、HBOCと診断された場合、同じ変異を血縁者(きょうだい、子どもなど)も持っている可能性があります。HBOCと診断された方では、BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子の2コピーのうちのひとつが変化していますので、変化した遺伝子は50%の確率で子どもに伝わることになります(図)。ただし、変化した遺伝子を受け継いでも必ずがんになるわけではありませんので、子どもが50%の確率でがんになるということではありませんし、受け継がなかったらがんにならないというわけでもありません。

 HBOCと診断された方の血縁者が、同じ遺伝子変異を持っているかどうかをがんになる前に調べる検査を「発症前検査」といいます。発症前検査で遺伝子変異が見つからない場合は、一般の方に勧められている検診以外に特別な定期検査を行う必要はありません。一方、同じ遺伝子変異が見つかった場合には、将来的に起きてくる可能性のあるがんを早期に発見するための定期検査や、その方の年齢によっては「リスク低減手術」についての提案がなされます。

 発症前診断は、将来の病気に対して早期に対応し、結果として治療成績をよりよくしたり、生活への影響を最小限にしたりする利点がある一方で、将来の問題が現実になることで、さまざまな心理的な負担や、保険や結婚など社会的なことがらについての不安や疑問が出てくる可能性もあります。発症前診断については、事前に遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングを受け、よく理解してから受けることが大切です。

 HBOCに関する遺伝カウンセリングを受けられる医療機関は、JOHBOC日本HBOCコンソーシアム全国遺伝子医療部門連絡会議のホームページで検索することができます。

ページ先頭へ戻る